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6 月 28

20年前にロシアに留学に行きました。
当時ロシアはぺロストロイカで共産主義体制が崩壊し、西欧の資本主義が流れ込み始めたときでした。
体制が崩壊しても生活スタイルにあまり変化はなく、ヨーロッパ諸国から届けられる救援物資が路上や市場で売られているのをちらほらと見かけるときでした。
日本からロシアへ電話をかけるとき電話番号の前に番号を付加して電話していました。
反対に、ロシアから日本を電話をかけるとき、2種類方法がありました。
家からかける方法と、郵便局の電話専用ルームに行ってかけるという方法でした。
ロシアから日本へ、日本からロシアへかけるときも電話交換手の人が一所懸命頑張っていました。
鉄のカーテンの体制や通信の検閲というものもまだまだありました。共産主義批判を行へば精神病院ならぬ精神異常者収容所へと連れて行かれるときでした。
日本から電話をかけるとオペレーターが一旦保留にし、ロシア側で受話器を取った人を確認します。話をしたい人であることが分かれば、そのまま繋がります。
ロシアから電話しようとすると、まず国際電話の予約を申し込みます。
例えば、今日の14時と伝えます。
利用予約が多いと断られることもありました。
14時に電話が掛かってきて、オペレーターに電話番号を伝えます。
オペレーターと日本との間で回線が繋がると「話してください。」とオペレーターが言います。
そのようにして国際電話をかけました。
別の方法で、郵便局の電話専用ルームからかけるときは少し便利です。
受付で国際電話をかけたいというと何番に入ってください、または、順番が来るまで席に座って待っていてください。といわれました。
当時は、貨幣価値が毎日変わり、初めて入国したときは1ドル18ルーブル(ロシア貨幣)で交換できましたが、半年もしないうちに1ドル120ルーブルとなりました。
日本から電話すると数千円になるものが、ロシアから電話すると数百円で済むという状況でした。
いろいろな国に行きましたが最終的に9年前に日本に帰国しました。
20年前と比べても費用的に安くロシアへ電話をかけることができました。
しかし、ロシアから電話が掛かってくると最初に交換手と話をして、次に当人と話ができるというものは変わっていませんでした。
今では、携帯電話をロシアに持って行っても繋がります。
ちょっと前は、海外専用の携帯電話を持っていかないといけないとか、契約が必要だとか煩わしいことがいろいろとありました。
日本の公衆電話はほとんどなくなっていますが、ロシアでも公衆電話が姿を消し、誰もが携帯電話を持つという社会に変わっていきました。

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written by daifuku